長い人生として考えれば、自分はブログを継続できている

ニュースサイトを見ていたらあるプロスポーツ選手の「物事を継続する」ことについての考え方が話題になっていました。

「○○の○○に対する考え方にフォロワ―から賞賛の声」といったよく見る感じのものですね。

その文字起こしだけで話を切り取り、判断してはいけませんので発信源までちゃんと見に行きました。

このブログも含め運営ブログも私は更新頻度が少なく遅いです。

そんな自分にとってもすごくいい考え方でした。

※これから下は自分の考えです

 

なにか物事が続かないと思っても「人生という長い期間」として俯瞰して考えれば継続できているともとらえられるのではないかと思います。

極端かもしれませんが「やめない」限りは次の更新がいつになろうと継続できているという風に考えることができるということです。

毎日日記をつける、メモを取る習慣、読書を続けたい。

などなど何かを継続したいと思っていることがあるかもしれません。

筋トレは毎日、週に何回やらなくちゃいけない、ブログも毎日書かないと意味がないなど物事によってはある程度は継続の定義はあるのかもしれません。

また、努力はプロセスではないですが何より結果を出したときに初めてそれは「継続できていた」となるのかもしれません。

学校の勉強や部活などでの入試や資格試験の勉強、スポーツの大会に向けて取り組む努力の継続は三年間のなかで凝縮されたものでなくてはいけないし、ある程度期限を決めて結果を残さなければいけないのならあまりダラダラとはできないものですよね。

なので最初からそれを前提にしてしまうのは考え物かもしれません。

しかし、自分を肯定する、継続できない自分を責めてしまうのならそのような考え方も大切なのではないかと思いました。

すぐに結果は出なくてもいつか実を結ぶこともあるし、またそのことで実を結ばなくても他のことに生かされることもある。

また少し違う話になってしまいますが何かを始めて辞めていたことでもまた始めれば「前やったとき」と「前やったとき」との間がめちゃくちゃ長いというだけで人生という長い期間のなかでは継続できているという考え方もできるような気がします。

その期間の中で成長した自分としてまた再挑戦する、そこではまた違った感じ方ができて人生のなかで長く付き合うことができるものになるかもしれないわけですね。

 

情けないと思うときもありますが自分を責めるのではなく継続できているという考え方をしてみる。

 

”継続”できている自分に誇りを持ちつつ、ダラダラしないように気を付けたい、そんなことを思いました。

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